ルートを広げる

ルートを広げる

最近絶賛入信キャンペーン中なのか、なかもず駅前や新金岡駅前でエホバの証人を見かけます。
私個人はエホバの証人についての知識もありませんし、実はさっき家に来たのですが、読まれもしない冊子を配ってる得体の知れない人たちという認識以上のものを持っていません。
聞くところによると、エホバの証人はキリスト教の中でも異端扱いで、エホバの証人の子供は他(エホバの証人以外)の子供と遊んではいけないとか、ヨーロッパではセクト(反社会的な閉鎖的団体)扱いされているとか。

さて、同じメンバーだけの交友というのは、結局それが楽だからだと思います。
同質性がある程度担保されているので、違う属性を持った新たな人がと交わることによって起こり得る摩擦を感じずに済む…要するに馬が合わないということも少ないということでしょう。
要するに排他することで、(良いことも悪いことも含めて)新たな刺激を受けないようにしているということでしょう。

同じレベルで語るのは妥当ではないかもしれませんが、経営者様も同業者以外の交友を図るのが嫌い、あるいは苦手な方っていらっしゃいませんか?
あくまでも個人的な感覚でしかないのですが、商工会議所や中小企業家同友会などに入って積極的に他の経営者様と交友を図るタイプの経営者様の会社は、そうでない経営者様の経営する会社と比較して業績が良いように思います。

多くの色々な属性の方と交友を図ることで、入ってくる情報の量や種類も増えますし、逆に自分が発信した情報の伝達の範囲も広がります。
まだ出会っていないお客様と出会うためには、そのお客様と繋がるためのルートが必要で、そのルートは多ければ多いほど繋がる確率も高まります。

結果を変えるためにはプロセスを変える必要があります。
つまり、停滞している状況を打破するためには、自らの動きを変えることが必要です。

今まで行ったことのないところに行って、違う属性の方との繋がりを作るというのは、さほどリソースを必要としませんし、比較的簡単にできるプロセスの変更だと思うのですがいかがでしょうか。

起業家と学び

起業家と学び

Googleで“起業セミナー”で検索してみるとセミナーや起業したい人向けの情報がヒットします。
有用なもの、役に立たないもの色々あるのでしょうが、起業した後も勉強しているでしょうか?という話です。

本田技研工業の創業者である本田宗一郎は東海精機重工業株式会社(現在の東海精機株式会社)を作った後、浜松高等工業学校(現在の静岡大学工学部)機械科の聴講生となり、金属工学の研究を3年間行いました。

ダイエーを創業した中内功は実家(サカエ薬局)が新たに開店した友愛薬局で働きながら、復員後旧制神戸経済大学(現在の神戸大学)に戦後設置された第二学部(夜間)に通っていました(商売が忙しくなって中退しましたが)。

LIXILグループの元となった日本建具工業株式会社設立者の潮田健次郎は日経新聞の私の履歴書(私の履歴書 復刻版 潮田健次郎 第15回 軌道に乗る 先にらみセミナー通い トップは独り「勝つチャンス」)でセミナー通いをしたことを語っています。

起業する前に勉強することは重要です。
しかし、起業した後の勉強は単なる知識では終わりません。
実際の経営を鑑みながらですから、より吸収できるし、実際の事業に応用しやすく、より成果が出しやすいと思いますが、いかがでしょうか。

古典に学ぶ(易経)

古典に学ぶ(易経)

易経と聞くと易者さんが筮竹を使ってムニャムニャ…という占いをイメージされる方も多いでしょうか。
実際は儒学で尊重する五つの書物である五経(易経・詩経・書経・春秋・礼記)の内の一つで、占いだけでなく知恵、哲学、倫理も説いています。
そんな易経から、いくつかビジネスにも役立ちそうな言葉をピックアップしてみました。

険を見て能く止まるは知なるかな

危険を察知したら、踏みとどまることができるのが知者である、といった意味です。
外部環境が自身にとって逆風であれば無理に進まずに耐え凌ぎ、常に変化する情勢の中で無理をせず次の機会を待つ。
言葉にしてしまうと当たり前のことなのですが、外部環境が順風なのか逆風なのか、外部環境を自身に都合よく解釈していないか、もしくは外部環境に対応できる内部環境なのか、目の前の仕事以外に気を配っていないと、そういった当たり前のことも察知するのが難しくなりかねないのではないでしょうか。

窮ずれば即ち変じ、変ずれば即ち通じ、通ずれば即ち久し

困窮すると現状を打破できるように変化をし、変化することができれば新たな道が開け、またそれらが繰り返されるというニュアンスでしょうか。
外部環境は自分にとって都合が良いように変わるとは限りませんので、外部環境の変化に適応できるように自分が変わっていく必要があります。
「自分が変わる」と言葉で書けば簡単ですが、実際は今までの慣れたやり方などを放棄して自分なりのプロセスを再構築するという大変な作業です。
そして、変わったことで現状を打破したら、変わったことによる新しい壁に突き当たることになるわけです。
だから、常に変わり続けないといけないということです。

前言往行を識して以ってその徳を蓄う

前言往行とは過去の人の言行のことであり、それらを身につけることが人徳を身につける方法だということです。
鉄血宰相のあだ名で有名なオットー・フォン・ビスマルクも「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」と言っていたように自分の経験していない過去の歴史から学ぶ重要性を説いています。
アンテナを立てて、常に新しい情報に触れることは大事です。
しかし、何百年も残っている言葉、何百年も語り継がれていることからは、そこからしか得られない大きなものがあるということでしょう。

古典に学ぶ(菜根譚)

古典に学ぶ(漢書)

菜根譚は中国明代の洪自誠という人によって書かれた書物で、中国よりもむしろ日本で読まれているとのことです。
いくつかビジネスにも役立ちそうな言葉をピックアップしてみました。

変に処しては、まさに百忍を堅くして以って成るを図るべし

変とは難関という意味で、そういった場面では耐え忍び初志を貫徹しろという意味になります。
確かに中国人より日本人が好みそうですが、耐え忍ぶというのはじっとして何もしないのではなくて、難関の打開策を考え続ける必要はあるのでしょう。
ですから、苦境の際に従業員の方に対してただ我慢を強いるのではなく、外部環境は変えられないのだから、それに対応するような指示や耐えた後のビジョンの提示と励まし等は必要だと考えられます。

徳は事業の基なり

マイケル・ポーターの提唱しているCSV経営は、社会的課題を解決しながら利益を上げましょうというものですが、日本では江戸時代から近江商人の三方よしという概念がありました(三方よしという言葉そのものは戦後に研究者がつけたもの)。
社会的に意義のない事業よりも、意義のあるものの方が市場のニーズがあるのは言うまでもないでしょう。
さらに社会的に意義のない事業よりも意義のある事業の方が上記のように難関に耐え忍ぶことになっても、耐え忍ぶモチベーションは湧くのではないでしょうか。

小恵を私して大体を傷るなかれ

私利を優先して全体の利益のことを忘れてはならないということです。
経営に置き換えると、管理職が個人の利益を優先して、あるいは社内に派閥を作って自派閥の利益ばかりを考えて、企業全体の利益を損ねることがないようにというニュアンスでしょうか。

  

米百俵

米百俵

戊辰戦争後の長岡藩大参事を務めた小林虎三郎をご存知でしょうか?
戊辰戦争に敗れ困窮していた長岡藩に、支藩である三根山藩から見舞いとして米百俵が送られました。
大参事の小林虎三郎はこの米を藩士らに分配せず、「国が興るのも、街が栄えるのも、ことごとく人にある。食えないからこそ、学校を建て、人物を養成するのだ」と教育第一主義を唱えて、米の売却によって得た売上を国漢学校設立資金に充てました。

さて、企業の経営資源を具体手にヒト、モノ、金、情報というように、人は経営において重要なファクターであることには違いないでしょう。
では、その人の教育についてどれだけの投資をしているでしょうか?
言い換えると、一般の従業員、管理職、パート従業員に対して教育・成長の機会を与えているでしょうか?

入社したてならまだしも、ある程度勤務して慣れてくると、新しいことを覚えたり、できるようにならなくても仕事をこなせるようになってきます。
そして、現在のスキルや能力で仕事ができるとなると成長が停滞するのも当然です。
機会があれば従業員に、1年前と比べてどこがどれだけ成長したか聞いてみれば良いと思います。
「成長しています」と答えられる人がどれだけいるでしょうか。

ですが、これは従業員に責任があるのではありません。
なぜなら、従業員が自発的にスキルアップに努めるメリットを与えて、の自己啓発意識を高めるような仕組みを作るのは経営者側にしかできないからです。

製造業だと資格もたくさんあり、資格取得を通じた従業員教育を行っている企業も珍しくはないかもしれません。
しかし、営業職など業務に関する資格がない、あってもあまり意味を持たない職種なら、特に何もしない、あるいは従業員任せになっていませんか?

中期~長期の経営計画や展望を従業員に示さなければ、今後どういったこと、どの程度のことを求められるのかが分からないので、従業員だってスキルアップしようとも、当を得た行動ができません。
また、資格取得やスキルアップのためには大なり小なり自分のプライベートな時間を使用するため、業務にプラスになる資格などを提示して、人事考課に反映するなどの取得後のメリットを提示しないとモチベーションも上がらないでしょう。

従業員教育など不要だという経営者の方はいらっしゃらないと思います。
ですが、従業員まかせではなく能動的に教育のため機会を作ったり、資格取得費用を補助したりしている経営者の方がどれだけいらっしゃるかというと怪しいのが現実だと思われます。
さて、どれだけ人を育てているでしょうか。

基準

基準

「必」「女」「心」…等々、人によって違いはあるでしょうが、よく使う漢字で、画数が少ない割に上手く書けない、バランスが悪いものってありませんか?

例えば上に挙げたものでいうと、斜めの線と点で構成されています。
「女」という漢字は横棒があるのですが、書き順で言うと一番最後です。
つまり、基準にする縦棒か横棒がありません(加えて、漢字の書き順って基本的に左上から右下に向かって書きますが、それにも該当しません)。
「必」「女」「心」以外にも、上記した条件に合致する漢字は書きにくい漢字なのかなと思います。

さて、従業員に対しての評価の基準が明確に設定されているでしょうか?
定量的であれ、定性的なものであれ、評価基準を明確に設定していなければ、同じ働きに対しても評価が揺れてしまいかねません。
ですから、経営目標達成のためには評価制度は不可欠です。

もちろん、基準があっても従業員の納得性が低いと意味がありません。
しかし、何をどう頑張れば評価されるのかをあいまいにしておいて、従業員に頑張れと言ったところで、従業員も何を頑張れば良いのか分かりません。
また、その状態では頑張ろうというモチベーションも上がりにくいでしょう。

従業員の採用が難しい中小企業こそ、従業員を大切にする意味でもしっかりした人事評価基準を設定すべきではないでしょうか。

死の家の記録

死の家の記録

死の家の記録はドストエフスキーが囚人として4年間過ごした体験を元に書かれたと言われています。
その中に以下のような一文があります。

水をある桶から他の桶へ移し、またそれをもとの桶に戻すとか、砂をつくとか、土の山をある場所から他の場所へ移し、またそれをもとへ戻すとかいう作業をさせたら、囚人はおそらく4~5日もしたら首をくくってしまう。
あるいは、たとえ死んでもこんな屈辱と苦しみから逃れた方がましだなどと考えて(以下略)

要するに無益で無意味なことを繰り返させられると精神的に追い詰められてしまうということです。
ドストエフスキーはもっとも残酷な刑罰とまで言っています。

さて、ここまでとは言いませんが、利益にならない、あるいは損益にしかならない受注をやっていませんか?
そういう業務を従業員の方にさせていませんか?

利益が出ていない認識が無かったというは問題外ですが、しがらみがあって断ることができないというのも大きな問題です。
しがらみのために金を払って従業員のモチベーションを下げているということになります。

無益な刑罰をやっていないか振り返ってみてはいかがでしょうか。

大航海時代

大航海時代

オスマン朝トルコが地中海の制海権を得たとともに地中海交易を支配し、高い関税をかけたことで、ヨーロッパ諸国は新たな交易ルートの開拓に迫らることになりました。
そこで15世紀半ばから17世紀にかけてポルトガル、イスパニア(スペイン)を中心にイギリス、オランダなどのヨーロッパ諸国が世界中に進出したことはご存知だと思います。

さて、ポルトガルから東南アジアまで香辛料の買い付けに行くとして、以下のどちらの方が成功率が高いと思いますか?

  • 性能の高い船に優秀なクルーが乗っているが、目的地がはっきりしていない。
  • 普通の性能の船に、普通の能力のクルー、目的地とそこまでのルートが明確。

普通に考えて後者ですね。
目的地がはっきりしないと、そこまでのルートの設定もできません。
つまり、おそらくこっち、なんとなくあっちで進むことになり、運が良かったらたどり着くかも、なんてことにもなりかねません。
こういった状況では、船の性能が高くてもクルーが優秀でもそれらを充分に生かすことができません。

さて、経営に当てはめてみて考えると、企業としてのビジョンや経営計画が無いのに、高性能な設備や優秀なスタッフだけを揃えても仕方がないということになります。
経営ビジョンや経営目標(ゴール)がないと、ロードマップが描けません。
そうなると、取りあえず設備やスタッフ、その他のリソースを目の前の業務をこなすために使うだけで、有効に活用できません。

求人の際に、優秀な人が来てほしいと思うのはどの企業も同じでしょうが、経営ビジョンや経営目標がなければ、せっかく優秀な人が来てくれたとしてもその能力を生かし切れません。
いかがでしょうか、経営ビジョンや経営目標をちゃんと策定していますか?

古典に学ぶ(漢書)

古典に学ぶ(漢書)

後漢時代に西域で活躍をした班超という人がいました。
詳細は割愛しますが、西域の鄯善国において班超がピンチに陥ったものの、見事そのピンチを逃れる出来事がありました。
それが虎穴に入らずんば虎子を得ず(不入虎穴焉得虎子)のことわざになりました。

その班一家は歴史家一家で、班超の兄の班固と妹の班昭兄妹が中国の王朝の正史である二十四史の一つ「漢書」を著しました。
さてこの漢書においてもビジネスにも役立ちそうな言葉がいくつかあったので、ピックアップしてみました。

綸言汗の如し

綸言とは君主が臣下に対して言う言葉のことです。
中国では皇帝の発言には無謬性があり、臣下が疑念や異議を差し挟むことは不敬とされたため、間違っていたとしてもおいそれと諫めることができません。
また、皇帝が一度発した言葉は無謬性をもつので、本人にも取り消すことができません。
それを流れてしまった汗が体に戻らないことに例えて、皇帝は軽率な発言や発言の訂正を戒めた言葉です。

企業においては発言を取り消すことが可か不可かはともかくとして、パワハラ・セクハラになるような発言は言うに及ばず、言葉一つで部下のやる気を削ぐこともありますし、会社に見切りを付けられる可能性だってありますので、その発言には慎重を期する必要があることは間違いないでしょう。

前車の覆るは後車の戒め

前を行く車がひっくり返ったら、後ろを行く車は同じ轍をの跡を行かないようにしろということわざから、先人の失敗を教訓にしろという意味になります。

他社に起こったトラブルは、自社にも起こり得ます。
ましてやビジネスモデルが似ていて、規模も近い同業者に起こったことならなおさらです。

マイナス面にスポットを当てて、それを回避するというのは面白くないことかもしれませんが、トラブルに見舞われるとさらにリソースを割くことになったり損害を受けかねません。
ですから、他社の失敗やトラブルは自社への警告ぐらいのつもりで、先手を打って対策を取るべきではないでしょうか。

宰相は細事に親しまず

宰相とは中国で皇帝を補佐する最高位の官職のことです。
そこまで偉い人は、こまごましたことは全て部下に任せろと言うことです。

小さな企業だと、どうしても社長が些末な業務を行う必要も出てくるでしょう。
しかし、社長、部長、課長…等々、それぞれの役職に見合った責任と業務があるはずです。
特に管理職が育たないとお悩みの企業は部下への権限の譲渡、本来の業務に集中できるような環境づくりを行えているでしょうか?
振り返ってみてはいかがでしょうか。

ちゃんと指示できていますか?

ちゃんと指示できていますか?

クライアント⇒外注業者、上司⇒部下等を問わず、日常的に指示・依頼が行われています。
その指示・依頼の仕方で業務遂行における無駄が発生していないでしょうか?

5W1Hで「なぜ(どういう目的で)」「誰が」「どこで」「いつ、いつまでに」「何を」「どのように」を伝えれば間違いは起こりにくいと思うのですが、実際は自分にしか分からない、自分でも後から振り返ったら分からないであろう指示・依頼になっているケースがありませんか?
指示・依頼する相手と共通認識があって、必ずしも5W1Hが必要とは限らないケースも存在しますが、よく分からないので改めて確認したら「そうして欲しいとしたら、なんでこんな文章になるのか?」なんてことを経験した方もいらっしゃるのではないでしょうか。

特に作業途中で矢継ぎ早に追加や変更指示が入ると、指示・依頼している側は把握できているかもしれませんが、受ける側は混乱します。
混乱をしないにしても、ミスの元になりますよね。

私個人の経験ですが、とある家電メーカーのwebサイト内のコンテンツ(100数十ページ)の作成というのがありました。
打ち合わせの際にファイルリストの一覧(ファイル名と各ページの)を頂いたのですが、同名のファイルがあったり、指示らしきものがチラホラあったものの意味がよく分からなかったのでので、確認したところ一覧は暫定のもので、指示らしきものは制作側には関係ない内部のメモ書きでした。
暫定のものを渡されても作業できないし(この時点でおかしいのですが)、受注側に関係のない内部のメモは受注側は理解できないのでいちいち確認したり、それの意味がなんなのか考える時間が発生します。
その時点で指示として及第点に達していないのですが、こういう指示は個人的に何度も経験しています。

さて話を戻すと、ここから数日おきに新しいファイルリストが送られてくるのですが、どこが変わったのか、どのページが無くなったのか、新しくできたのか等に関するログもありませんでした。
変更があったところが分からないと、ファイルが送られてくる度にいちいち突き合わせて比較しないといけません。
そのため、リストから消したものはexcel上から削除しないで打消し線を入れて下さい、追加されたものや変更があったものは違う色で記述してください、というお願いをしました。

先方のご担当者は「あら、そうなの?」みたいな返答だったのですが、相手に伝えたらそれでOKという意識なんだろうと思います。
相手に伝えて、相手がきちんと理解しなければ、ちゃんとした作業ができません。
ちゃんと伝えて相手が理解できないのは相手の責任かもしれませんが、ちゃんと伝えないのは指示を出した側の責任です。

ちなみに前出のクライアントですが、送ってきたファイルリストの内容と相手の指示が最後まで食い違ってました。
つまり、相手側も何が正しいのか自分で分かっていませんでした。

受注側のミスが多い、期待したフィードバックが無い、予定より時間がかかる場合、指示・依頼した側の問題も疑ってみる余地があるのではないでしょうか。
特に受注側や部下からそういう指摘はなかなかできないので、指示・依頼する側が自分で気づけません。
こういう無駄やロスは数字として表れにくいのですが、指示・依頼する側の心構えや、手書きではなくメールにしたり、口頭ではなく文章にするなどのちょっとした変更でも改善は可能ですので、比較的改善はしやすいと思います。
指示・依頼が相手に伝わってますか?ちゃんと伝わるような指示・依頼ができていますか?

ご依頼やご相談、お問い合わせなどはこちらより受け付けております。
初回のご相談は無料ですので、お気軽にお問い合わせください