古典に学ぶ(礼記)

古典に学ぶ(易経)

五経の1つである礼記(らいき)は、周(BC1046年頃~BC256年)から漢(BC206年~AC8年)にかけて、儒学者がまとめた礼に関する書物を、戴聖がさらに編纂したものです。
そんな礼記から、いくつかビジネスにも役立ちそうな言葉をピックアップしてみました。

教うるは学ぶの半ばなり

人にものを教えるということは、自分の勉強にもなるという感じの意味でしょうか。

ラーニングピラミッドをご存知でしょうか?
詳細は検索していただいたら良いと思いますが、ただ授業を受けてもほとんど定着しないが、人に教えると90%定着するというものです。
割合の根拠は不明だそうですが、確かにただ人の話を聞いているだけよりも、教える方が勉強になるのは間違いないでしょう。

学びて然る後に足らざるを知り 教えて然る後に困しむを知る

学べば学ぶほど自分に不足しているものが分かるから、学ぶことは終わりがないことを知って、自分が人に教える立場になったら自分の未熟さを思い知るといった感じのといった感じの意味でしょうか。

従業員のスキルアップを従業員任せにしていないでしょうか?それともそういったことをやっていない企業がほとんどでしょうか?
必要なこと、学んでほしいことのテーマを決めた上で、持ち回りで先生を決めて、その人が教え役をやるなどすれば、従業員の効果的なレベルアップが図れるかもしれません。

善く問いを待つ者は鐘を撞くが如し

この「善く問を待つ者」とは立派な教師という意味、「鐘を撞く」のは教わる生徒側ということだそうです。
そして後は以下のように続きます。

これを叩くに小を以てする者は小鳴し
これを叩くに大を以てする者は大鳴す
その従容を待ちて然る後にその声を尽くす。
問に答うるに不善なる者はこれに反す

つまり、立派な教師は教わる生徒次第で反応が変わる。つまらない質問をすればつまらない答えが返ってきて、良い質問をすればためになる答えが返ってくる。という感じでしょうか。

教わる側の心づもりを言っている訳ですが、従業員教育をするにしても積極的な動機が無ければ鐘を撞く事すらしないかもしれません。

ロボットやAIにとって代わられる業務も今後出てくるでしょう。
そうなると、人間は人間にしかできないことをやっていかなくてはいけません。
しかし、そのためには今のままではダメで、自身のスキルやノウハウを今より向上させなければいけません。
その必要性を理解させ、自ら学びたいと思える組織づくりが必要であると思われますが、いかがでしょうか。

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