カレーはやめてトンカツにする

カレーはやめてトンカツにする

カレーを注文されて、注文通りにカレーを作って出したら「やっぱりトンカツにしてくれ、カレーの代金は払わない」なんて、まかり通りませんし、そんなことを言う人はそうそういないでしょう。
確実にトラブルになって、下手したら通報ものです(警察は民事不介入ですけど)。

契約してから内容が変わるとか、まかせるの一点張りで、納品時になってひっくりかえすようなことを言い出すとか、デザイン業界では珍しいことではありません。
受注してからの仕様変更というのはないかもしれませんが、最初から無理な条件での注文というのは製造業でも珍しくない話でしょう。

しかし、愚痴を言うだけでは何も変わりません。相手も悪意があってのことではなく、金を払っているクライアントだから(払うのは担当者ではなく、相手企業なんですが)当たり前だと思っていたり、そもそも制作工程が分からないためにどれだけの手間や費用が発生するのかが分かっていない訳ですから、そのままにしておいたら要求がエスカレートして余計に悪くなることはあっても、良くなることは絶対にありえません。
ですから、こういったことがおかしいと、ちゃんと本人に伝えないと分かってはもらえません。

それが難しいのであれば、後から何か言われたら追加注文として新たな契約を結ぶ。あるいはそもそも後から混ぜっ返さないようにきちんと契約書を取り交わしておくなど、自衛策が必要です。
個人事業主の方や、小さい会社などは契約書を取り交わさずに、よく言えば相手の善意を信頼する、悪く言えばなあなあで済ましているケースもあるでしょう。
ですが、サービスを提供して対価を頂き、その対価が費用よりも大きくならないと、当然ながら利益は出ないということはちゃんと認識していないといけません。

無理な案件、無茶なクライアントを断って、一時的に売上が下がるかもしれません。ですが、それって後退でしょうか?儲からない受注、面倒な受注をしなくてすむこと、そういった判断ができるようになること、断ることができるようになることは、私は前進だと思っているのですが。

相関関係・因果関係

相関関係・因果関係

夏になると犯罪が増えるんだそうです。
これは統計上の事実です。
他の季節と比較して遅くまで外出していたり、窓を開けている機会が多いので泥棒が入りやすいなどの理由でしょう。

言うまでもない話ですが、アイスクリームが一番売れる季節は夏です。

さて、相関関係と因果関係の意味を引用します。

そうかん‐かんけい〔サウクワンクワンケイ〕【相関関係】
1 二つのものが密接にかかわり合い、一方が変化すれば他方も変化するような関係。
2 数学で、一方が増加すると、他方が増加または減少する、二つの変量の関係。

デジタル大辞泉より引用

いんが‐かんけい〔イングワクワンケイ〕【因果関係】
1 二つ以上のものの間に原因と結果の関係があること。
2 犯罪や不法行為などをした者が法律上負担すべき責任の根拠の一つとして、ある行為と結果との間に存在していると認められるつながり。

デジタル大辞泉より引用

以上の意味から、普通に考えれば分かるように犯罪の増加とアイスクリームの売上には相関関係も因果関係もありませんね。
犯罪とアイスクリームは季節の影響をそれぞれ独立して受けますが、互いになんら影響を与えあうことはありません。

さて、以下の例文を読んで相関関係や因果関係があるか、あるいはそれらが正しいか考えてみてください。

  • (事象1)売上が下がった
  • (事象2)営業部員のモチベーションが下がった

以上により、売上が下がったから、営業部員のモチベーションが下がった。

さて、いかがでしょうか。

営業部員のモチベーションが下がったから売上が下がったのかもしれません。
そうなると、因果は逆になりますね。

別の考え方もあります。
(トップの方針が変わったなど第3の事象により)売上が下がり、営業部員のモチベーションも下がったという場合です。
犯罪とアイスクリームの関係と同じですね、相関関係も因果関係もないというパターンです。

ロジカルにものごとを考える必要はあるのですが、必ずしも相関関係や因果関係があるとは限りません。
相関関係や因果関係があるように勘違いして、または無理やり相関性や因果関係を持たせてしまい、判断を誤るようなことになってはいけないと思って、自分に言い聞かせるつもりでまとめてみました。

穴は埋めない

企業にせよ、個人にせよ、現状と比較して望ましい状態というのが存在するはずです。
その望ましい理想の状態になるためには何をしなくてはいけないかというと、当然の話ですが理想と現状とのギャップを埋める必要があります。

穴は埋めない

上の図をご覧ください。
りんごの木があって、手の届かない高さにリンゴの実がなっています。
そしてあなたは現在空腹ですが、食べる物をもっていません。

「空腹ではない状態」があなたにとって望ましい状態だったら、ギャップを埋めるにはどうしたらよいでしょうか。
この場合はリンゴをもいで食べることです。
手が届かないので台でも脚立でも梯子でもなんでも良いのですが、リンゴに手が届くような方法を考えなくてはいけません。
そのため、「リンゴに手が届くような方法を考える」ことがギャップを埋めるためには必要です。

何を当たり前のことを言っているのかと思うかもしれませんが、実際に望ましい理想の状態と現状とのギャップを埋めるにあたって、現状の問題点探しになっていませんか?ということです。

地面がデコボコで歩きづらいです。
ですが、デコボコの地面を平らにならしたところでリンゴの実が勝手に落ちてきてくれる訳でも、木の幹が縮んでリンゴの実が取りやすくなる訳でもありません。
(梯子を建てるのに地面がデコボコだと不安定なので、そこだけ地面をならすというのなら意味はありますが)
リンゴを取るのに関係がないので、別にデコボコに対して何らかのアプローチをする必要はありませんよね。

以前に、犯人にしやすいものを犯人にするということを書きましたが、それと似ている要素もあります。
現状の悪いところを直すことが望ましい姿になる訳ではないにも関わらず、取りあえず(ギャップを埋める効果はないものの)何か実行していることに満足していたり、労力を割いているのに効果がないと悩む。
ギャップを埋める効果も無ければ、代替手段でもない訳ですから、望ましい姿に全く近づきません。

ビジネスや勉強をやっていく上で、この例でいうところの穴を埋めるというような無意味な行為をやってないでしょうか。

自分の強み

自分の強み

本日(2015年9月7日)付の日経MJの1面に小西美術工芸社社長のデービッド・アトキンソン氏へのインタビューで以下のような文章が紹介されていました。

日本人の考える観光立国の条件として「おもてなし」「治安の良さ」「正確な電車のダイヤ」などを挙げる日本人が多い。

それに対して、

日本人が海外旅行をする際に、おもてないの優先順位は低いでしょう。しかも日本人が思うほど、外国人は日本のおもてなしがすごいとは思っていません。例えば観光地ではごみを捨てる場所や、座る場所が少ない。

ハード面での不備を指摘しています。
さらに、

治安が世界一優れているのはアイスランドですが、人口も少ないし、当然観光立国ではありません。日本人にとっての住みやすさは観光立国のための動機にはなりません。

要は日本人が強みと考えていることが、外国人にニーズに対してピントが外れているとアトキンソン社長は言っています。

日本は自然、食、文化、気候という観光立国になるための4条件をそろえる稀有な国です。

と言い切っているのに、機会を生かし切れていないということになります。

こういったことは何も外国人観光客に対する日本のインフラというだけでなく、企業の日常の業務においても起こり得ることでしょう。
特に技術先行型の企業の場合、スペックや機能がニーズに対して過剰になったりするのは、求められていないことに対して、自分が強みと感じている技術力を過剰に使用するからにほかなりません。

ただ、顕在しているニーズに応えることが企業として最良の道かと言われると、それはそれで疑問符が付きます。
世間の多くの人のニーズがあるならば、当然その市場に多くの企業が参入するでしょう。
レッドオーシャンの中で競争するということが、最適な戦略である企業は少ないでしょう。

とは言うものの、自分の強みや、どんな要素がニーズを捉える武器となるかは把握しておく必要があります。
個人の場合だと、以下のような本が(信憑性がどれだけあるかはそれぞれが判断する必要があるものの)参考になるかもしれません。

しかし、企業の場合はここまで単純にパターン化できないのでしょうか、こういった本はありません。

そこで是非中小企業診断士に…と言いたいところではありますが、やはり顧客に直接聞くのが手っ取り早いでしょうね。
突然「弊社の強みは何ですか?」と聞くのは乱暴すぎるので、何かの折に「なぜ弊社をお選びいただいたのですか?」と(できるだけ自然に)聞くようにすると良いのではないでしょうか。

予想もしなかった意外な答えが返ってくるかもしれません。
その以外さ、つまり自分が思う自社の強みと、他人の思う自社の強みのギャップが、機会の損失の一因になっているのではないでしょうか。

美味しい≠来店

美味しい≠来店

食べてみたら美味しかった。また行きたい、人を誘って行きたい。
飲食店なら理想の状態でしょう。

しかし、美味しいかどうかは実際に食べてみないと分かりません。
そのためには実際に来店していただかないといけません。
そして、実際に店に入るかどうかは「美味しそう」と思っていただく必要があります。
言葉にしたら当たり前のことなんですが、「美味しい」と思っていただく努力だけでなく、「美味しそう」と思っていただく努力ってどれぐらいの方がされているのでしょうか?

実際にあった例ですが、カレー屋さんが出来ました。
店の前を毎日通っていたのですが、それほど流行っている風でもなさそうでした。
ある時から店の前の看板がどんどん増えていきました。

具体的に書くと、店の屋号の看板を店の前にいくつも並べていたのです。
味の良さや、他との差別化できている点など、入ってみようと思わせるような訴求ではありませんでした。
前を通れば、そこにカレー屋さんがあることは分かりますから、屋号をたくさん並べる必要も、カレー屋さんですよと複数の看板で改めて訴求する必要はありません。

例えば病院や診療所なら、やさしそう、ちゃんと治してくれそう。
小売店舗なら、自分の欲しいものがありそう、興味を引くものがありそう。
コンサルタントなら、問題を解決してくれそう、頼れそう。
…などなど、入ってみよう、サービスを受けようと思っていただくような訴求が必要であるということは、飲食店に限らず、対価をいただいて商品やサービスを提供する供給者全員に該当する話です。

自分自身を振り返ってみて、ちゃんとできているかというと、反省する点ばかりですが。

安くて美味しい

安くて美味しい

「安くて美味しい」と言われている飲食店はたくさんありますが、正確な表現ではありませんね。
正しくは「安くて、値段の割に美味しい」でしょう。

さて、製品・サービスの品質(Q)、価格(C)、納期(D)はそれぞれが並び立ちません。
品質(Q)を上げようと思ったら、必然的に費用が増えるので価格は高くなり(C)、手間をかけるため納期も遅くなります(D)。
価格(C)を抑えようと思ったら、手間をかけられないので品質(Q)は通常価格と同等は難しいですし、リソースを割けないので、納期(D)を短くしろという要求も通りにくいでしょう。
納期(D)を短くしてもらおうと思ったら、手間をかけられないので品質(Q)は下がりますし、その分をリソースを割くことになるので価格(C)が上がってもおかしくはありません。

実際の制作(製作)の現場において、こういったことが無視された無茶な依頼、発注は日常茶飯事です。
発注する側が悪いのか、受注する側が悪いのかは分かりませんが、これは受注側が勇気をもって断る、あるいは条件の変更を要求しないと、発注側はどんどん条件をエスカレートさせるだけです。

与えられた条件の中で最大限のアウトプットをするのは当然なのですが、仕事としてやっている以上、利益を出せなければ意味がありません。
高い品質(Q)を要求されたら、価格を上げたり、納期を伸ばしてもらう。
低予算(C)だというなら、顧客側で可能な作業を行ってもらったり(Q・C)、顧客側での納期を伸ばしてもらう(D)。
短納期(D)を要求されたら、その分の費用(C)を要求したり、顧客側で可能な作業を行ってもらう(Q・C)。
例えば以上の対応を要求するなどして、利益を確保すると同時に、予算に見合わない要求であることも伝えるようにします。

受注側も仕事でやっていますが、発注側も仕事でやっています。
ビジネスとしての受発注で、受注側が一方的に負担を強いられる取引や契約を行う必要はないでしょう。
それに、金額に見合わない案件を受注するということは、ちゃんとした金額を払ってくださるお客様に対しても失礼です。

どうしても納得してもらえないなら、身を守るためにも受注を断った方が良いでしょう。
永続的に事業を続けるには利益を出さなければいけないわけで、そのためには単に「売上」を上げるのではなく、「利益」を上げる必要があります(もちろん売上が無ければ利益は出ませんが、利益にならなければその売上は意味がありません)。
そのためには、ちゃんと利益の出る案件を発注してくれる相手と付き合うようにしないといけないですね。

言葉の意味

言葉の意味

今年は戦後70年ということで、例年以上に「平和」という文字を見ます。
この平和という単語の意味って答えられますか?どういった状態が「平和」なのか、認識はどれだけ共有されているでしょうか。
例えば日本は平和ですか?

「平和」という単語を辞書で引いてみました。

へい‐わ【平和】

[名・形動]
1 戦争や紛争がなく、世の中がおだやかな状態にあること。また、そのさま。「世界の―を守る」
2 心配やもめごとがなく、おだやかなこと。また、そのさま。「―な暮らし」

デジタル大辞泉より引用

いかがでしょうか、これらが正しい意味だとして、皆が同じ認識だったでしょうか?
さしあたって日本は平和に該当しますか?領土紛争はないですか?

ふん‐そう〔‐サウ〕【紛争/紛×諍】

[名](スル)事がもつれて争うこと。もめごと。「領土問題で―する」

デジタル大辞泉より引用

日本政府の立場で言うと領土問題は存在せず、北方領土も竹島も日本の領土ですが、中国と台湾が領有権を主張している尖閣諸島も含めて、紛争地域に該当しないでしょうか。
だとしたら、平和ではないのではないでしょうか。

さて、前置きが長くなりましたが、普段から使用している言葉で、その意味する範囲が広くて相手に正確に伝わっていない、定性的で相手が意図するところをイメージできない、あるいは自分だけにしか分からない意味として使っていないでしょうか?
指示、命令や依頼時にトラブルになったり相手を混乱させる元になってしまいます。

私の経験ですが「作る」という単語で齟齬があったことがあります。
「ホームページ(正確にはWebサイトですね)を作れるのか」という質問に「作れます」と答えました。
これってどういう意味だと思いますか?

「作る」と言うと、企画してデザインして、コーディングして、サーバーにアップロードして…ぐらいの感じだと思われたのが一般的でしょう。私もそう思いました。
しかし、それをおっしゃった方の「作る」は私に「作れ」と言えば、人を集めるなりなんなりして、指示を出してWebサイトを期日にローンチすることという意味で使われていました。

大阪城をつくったのは誰?に対して、豊臣秀吉と答えたら、答えは大工さんというあれに似ています。
実際に木や漆喰で建物を作るなどの実作業も作る(造る)でしょうし、戦略的な意図から石山本願寺跡に大阪城を築城することを企画することも広義の作る(造る)でしょう。
この場合は作るのではなく「作らせる」をもって「作れるか?」と聞かれていますので、「作る」という単語の意味に齟齬がありました。

加えて「コーディネート」と言い出したので、これは危険だと思って「コーディネートってどういう意図で使ってますか?」と、単語の意味をいちいち確認することにしました(Webサイトを制作するにあたって「コーディネートする」って何のことか分かりますか?私には分かりませんでした)。

他には「シンプル」「目立たせる」「バランスが悪い」などもあるでしょうか。
言葉で表現しようとそうなるのかもしれませんが、定性的な表現なためにあるべき姿が分かりません。
比較対象などを用意したり、「理想を10としたら現状は5ぐらい」のように定量化するなど、解決方法はいくらでもあると思いますが、そもそもとして自分の言い方、言葉の使い方が相手を誤解させる、混乱させるという認識がありません。

発注側は、限定的な表現になっているか、定性的なことはできるだけ定量化する、具体的にいうなど、誤解なく伝わるように。
受注側は、あいまいだと感じたことは確認する、定性的なことは定量化できるように聞き直す、具体例を出させるなどして自衛するしかないでしょう。

受注側にとって非常に大きな問題となるのが、代理店などが間に存在するパターンです。
代理店の担当者が役に立たないと制作側が非常に困りますが、制作側が代理店に色々確認しても、そもそも代理店の担当が分かってないので当を得た解答は期待できません。
そのくせ直接発注側に連絡を取って聞こうとすると怒る代理店もいます。
こればかりは解決が非常に難しいです。代理店の担当者に根掘り葉掘り聞いて、この程度のことは聞いておかなくてはいけないと思ってもらうしかないかもしれません。

プロは素人

ある業務のプロも、他の業務では素人です。
素人がプロの仕事に口を出して、それがまかり通ってしまったら、結果が悪くなるのは想像に難くないでしょう。

一つの店にイタリア料理のコックと中華料理のコックがいたとします。
お互い、相手が作る料理のことはよく分かりません。
イタリア料理のコックは中華料理の素人なのに、中華料理のコックの作った料理に対して「自分はイタリア料理のコックとして優れているから」と口出しする…文字で書いたらおかしいと分かりますが、企業においてはこういったことは珍しくないのではないですか?

プロは素人

例えば、システム会社が事業領域拡大でWebデザインも行うようになると、デザインに強いシステム会社(システムに強い制作会社)になれるかもしれません。
しかし、そのためにはシステムを構築するプログラマー側とデザイナー側の両方を統括できないといけません。
この例だと、プログラマー側がイニシアチブを取って(これ自体に問題はないのですが)、デザインの制作進行などを知らないのにプログラマーの常識でプロジェクトを推し進めたり、クライアントに見せる前のチェックをデザインのことが分からないプログラマーがチェックすると、上手く行かないのは当然です。
逆もまたしかりです。

プログラマーとデザイナーの両方をちゃんと統括できれば、シナジー効果で制作物の付加価値は高まり、単価も上げられるでしょう。
実際はプログラマーの作った物に色を付けただけ、ユーザーのことも考えていないインターフェース、もちろんユーザーの問題点も解決しない…なんてことにはなっていないでしょうか?

実際に業務をやっている当の本人には見えない、分からないことがあるので、大局的に全体を見る人が必要なのですが、プログラマーは当然プログラマーとしての視点しかありませんし、デザイナーにはデザイナーの視点しかありません。
そうなると、プログラマーとデザイナーを束ねることができる人が管理者(ディレクター)になって進捗管理をしないといけないという話になります。
しかし、面倒なことにプログラマーもデザイナーも技術者なので、専門的な知識や技術がある人がスゴい、あるからスゴいと思いがちなのではないかと感じています(これは物を作る人にありがちな欠点だと思います)。

そのため、専門技術が必ずしも不要で、別の能力が求められるポジションに、専門的な技術の高い人が就いてしまい、またそれに疑問を抱かない。
その結果、1+1が3にも4にもどころか、2にも達していないという結果になってしまっているのではないでしょうか。

プログラマーとデザイナーで例えましたが、特にIT業界ではよく見られる事象ではないかと思っています。
ですが、他の業界でもこういったことはあるだろうと想像できますが、いかがでしょうか。

良い循環、悪い循環、普通の循環

良い循環、悪い循環、普通の循環

10万円分の料金で、20万円分のことを要求されたらどうしますか?
提供する価値と料金が釣り合わないと損をする訳ですから、聞くまでもなく普通はそんな依頼は受けませんね。
ですが、従業員への要求で同じことをやっていませんか?

実際の例ですが、ECに進出したいが、成功の可能性も分からない。だから担当者は契約社員として雇用するというケースや、売上に直結しているような業務をちゃんと行っているのか分からないので試用期間の月給は10万円などと言う企業がありました。
言い換えると、こちらはリスクを負いたくないので、従業員にリスクの大半をを負わせます、ということになります。

だとしたら逆に給与面は高くないといけないでしょう。
ハイリスクハイリターンなら勤めたがる人はいるかもしれませんが、ハイリスクローリターンの企業に喜んで勤める人はいませんし、モチベーションだって上がりません。
また、そんな状態で事業が成功すると考えるのは無理があるでしょう。

経営資源は「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」と言われますが、他と比較して「ヒト」が非常に軽んじられているように感じます。
特に従業員が少ないほど、個々の従業員への依存度が高かったり、属人化しています(それが良いかどうかは別の話になりますが)。

だからこそヒトは重要です。
モノ、カネ、情報を活用するのはヒトなので、ヒトの活用で他の3つの経営資源が増加、向上していくサイクルが順当に回り、ヒトを軽んじていると順当に経営資源を活用するサイクルが循環しないのではないかと思っていますが、いかがでしょうか。

経営におけるデザインの重要性(後編)

前回の続きです。

経営におけるデザインの重要性(後編)

実際のところ、デザインとはマーケティングミックスの4Pの内のプロモーションの一部程度に思われているのではないでしょうか。
個人的に、デザインは経営資源であると考えています。
視覚に訴求するものには全てデザインが施され、その活用如何で訴求力が変わるからです。

本来はデザイナーが啓蒙すべきこと

さて、経営におけるデザインの重要性は、本来、デザイナーが啓蒙・啓発すべきことだと考えていますが、なかなか社会全体に広まらないのはいくつか原因があります。

原因1:制作サイドの認識

そもそもデザイナー、制作会社などの制作サイドが、経営におけるデザインの重要性を認識していないとどうにもなりません。
実際のところ、そういった認識で制作している企業やデザイナーがどれだけいるのかは分かりませんが。

原因2:広告代理店など中間業者の認識

仮に制作会社が認識していなくても、広告代理店などの中間業者がちゃんと認識していればそのように指示・依頼できます。
しかし、中間業者にそういった認識がない場合は、制作サイドの意思や意図が中間業者でストップしてしまうことになるでしょう。

原因3:依頼側の認識

依頼企業側の誰が窓口担当であるかによっても、経営におけるデザインの重要性の伝わり方が変わります。
経営のトップに近い人が窓口担当になれば、制作側(制作会社、あるいは中間業者)は経営におけるデザインの重要性を比較的伝えやすくなります。
しかし、ある程度の規模の会社で、担当者がトップマネジメントから階層が離れるほど、重要性を伝えることが難しくなります。
担当者が経営を意識できなかったり、担当者が認識できても経営におけるデザインの重要性が経営のトップ層まで伝わりにくいからです。
そもそも、従業員に経営理念が浸透していないケースもありますね。
以上のように、依頼側と制作側のいずれかに認識不足の人がいる場合、チグハグなものができあがってしまうことになるでしょう。

実際、大企業でも経営レベルでデザインを適切に活用できている企業の方が少ないと感じています。
担当者が自分の好みでデザインの判断を行っていたり、こちらは客だから言うことを聞けといったことは、企業規模の大小は関係ないからです。

解決策

「経験や知識が無い方でもここだけ見ればOKです」と言えるようなポイントはありません。
当然ながら、デザインの良し悪しを判断するには、それなりの経験や知識が必要です。

しかし、意識するとしないとでは結果は大きく変わるでしょう。
具体的には、企業理念やフィロソフィー、ドメインなどをもう一度確認したうえで、従業員間(少なくともデザインの可否の判断をする人)で徹底してください。
そして、それに基づいてデザインを判断するように指示してください。

制作依頼時には、まず経営理念や事業ドメイン(誰に、何を、どのように)をしっかり説明します。
その後、デザインを提出してもらう際に、説明をどう汲み取ったのか、デザインのコンセプトを口頭でもコンセプトシートでも結構です、デザインの提示よりも先に説明してもらうようにしましょう。
もちろん、その説明が見当違いでしたらどんなデザインでも無意味なものです。見るまでもなくボツになります(せっかくですので見たいでしょうし、好みのデザインだからといって、それでOKを出さなければ見るのはもちろんOKです)。

その上で、コンセプトにどう沿っているのかの説明を聞きながらデザインを確認すれば、説明とデザインが合致しているかどうかの判断材料をもちながら確認ができるはずです。

これらは依頼側だけでなく、制作側にもメリットがあります。
依頼している本人にさえよく分かっていない「好み」というものに合致するように何度も作り直しながら手探りで制作しなくてよくなります。
さらに、論理的に判断してもらえるなら、制作サイドは明確な基準をもって制作することができるので、仕事がしやすくなります。

その結果、好みを手探りしながら作るよりも制作期間が短くなること、基準が明確なので制作物のクオリティも高まります。
さらに、コンセプトを汲み取った上で別のアプローチの提案などもしてもらいやすくなるという、依頼側にとっての新たなメリットも発生します。

最後に

デザインを経営レベルで判断し、活用するという意識をもった企業は、大企業にも少なく、中小企業ではほとんど存在しないでしょう。
そのためデザインをうまく活用できるようになることで、企業は大きな武器を手に入れることになりえます。
今まで気にされたことがなかったかもしれませんが、少しでもデザインを活用していただけたらと思います。

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